アーティストという存在、そしてその生き方

その第一声を聞いた時、瞬間的に頭の中が「?」が浮かび上がった。
ボブ・ディランのノーベル文学賞受賞の件である。


確かに彼は音楽家であって、小説家ではない。だから、最初の名前が挙がった時に「おや?」と思ったのだ。しかし、個人的には、この受賞は高く評価したい。「文学」というジャンルに含まれるかどうか、という課題はあるものの、歌詞という言葉で芸術をアピールしていたのだから、その言葉を評価するといのは、筋が通ってる、と判断出来る。
それに、ノーベル賞のジャンルに「音楽賞」というものは存在しない。芸術的分野で評価されるとしたら、この「文学賞」しか無い訳だ。元々のノーベルの遺言がどういう指示だったのか分かりかねるので断定はできないが、芸術的分野での表彰を対象にするのなら、結局のところ文学賞に当てはめざるを得ない、という事になる。話がそれてしまうが、そもそも、何故ノーベル賞が医学、物理学、経済学、化学、平和、そして文学と、限定的な分野でしか対象になっていないのもおかしい話である。国際的に貢献した、もしくは印象を残したと言うのなら、天文学だって海洋学だって対象となる。(数学賞が無いのは、ノーベルの恋敵が数学者だった、という説がありますが…。)


まあ、こんな屁理屈を言っても仕方ないので、話を元に戻すが、いずれにせよ、ボブディランが世界的に功績を残しているのは、言わずもがな。彼の栄光に新たな1ページが刻まれた事を祝福しましょう。


そして、最後に確信に近い推測を1つ。
ボブ・ディラン本人は、この受賞があろうがなかろうが、今後の生き方が変わる事はないだろう。真のアーティストとはそんなものである。事実、現時点でノーベル賞の主催者は、ボブ・ディランとのアクセスに成功していない。ボブ・ディランにとっては、ノーベル文学賞というのは、それほど重要なファクターではないという事の証明なのかもしれない。
そして、それはボブ・ディランに限らず、全ての作家の共通項なのかもしれない。
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million cotton

Author:million cotton
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